平成17年度出稽古ゼミ総まとめ

みんなおつかれさま。


僕の所属する講座*1では、毎年夏休みの末に大きな行事があります。それが出稽古ゼミと呼ばれる卒論中間発表会で、僕たちはそこで現在までの研究の経過をPowerPointやレジュメを使って他の研究室の教授に見てもらい、批評を頂きます。
自分たちの専門以外のひとのところに教えを仰ぎにいくから「出稽古」ゼミ。どれくらい前に誰がつけたか分からないネーミングですが、実に的を射ていると思います。


前置きはそのへんにして、その出稽古で頂いた指摘などをまとめておこうと思います。


発表の要約:

テーマ:砂防ダム下流部におけるサクラマスの産卵床について

研究の背景
自然河川と砂防ダムのある河川を比較した場合、自然河川では山間部から下流への砂礫の供給があるのに対し、砂防ダムのある河川においてはダム下流への砂礫の供給が少なくなる。これは砂防ダムそのものに砂礫や土砂を堆積させ、土砂災害を防ぐ働きがあるためである。
また堤体の有無という点に関して、自然河川では最上流部まで魚類の遡上が可能であるのに対し、砂防ダムのある河川では堤体が魚類、ここではサクラマスの遡上を阻害している。

目的
近年、砂防ダムの構造の再検討がなされていることから、ダム下流の産卵床形成条件を知ることは、自然に配慮した構造物をつくる指針となると考えられる。
本研究では砂防ダム下流域でサクラマスが産卵床をつくる際の環境を調査し、基礎的な物理環境を把握することを目的とした。

調査とその結果
踏査を行い、調査流域のの淵の数、長さ、最深部の水深、産卵床条件が整っているかなどの視点で淵を調査した。また8月に発生した出水により大規模な攪乱が起きたため、その前後での淵の環境を比較した。

結果、
・出水後水深が深くなった地点には「周辺が岩盤を主とした河岸構成であること」そして「砂防ダムに近い」という特徴があった。そのため出水によって河床が浸食を受けた場合に、河岸からの砂礫の供給があまり起こらず、産卵床条件が整わない場合が多いと考えられる
これは「アーマーコート化」という、砂防ダム下流の河岸が浸食され、底質が固化し動きにくくなったり岩盤が露出するという現象からも説明がつく。

・これに対し、出水後水深が浅くなった地点では「周辺が砂礫を主とした河岸構成であること」そして「砂防ダムから遠いこと」という特徴がみられた。これは出水が起こった場合、淵の周辺の河岸から砂礫の供給があったため、産卵床条件を満たすことができたと考えることが可能である。

今後の予定と課題
・出水の有無に関わらず、常に産卵床を形成できるような淵の周辺環境とはどのような条件なのか、ということを中心に考える
・そのために必要な淵の物理的条件をみるため、これまでのデータである淵長、最深部水深、淵上流の流形、淵尻の産卵床条件の他、淵河岸の材料構成、河床の粒度、勾配、川幅を調査し、数量化することを考えている
・最終的に、主に雨量データを中心とした出水・洪水の規模を定義づけ、攪乱の大小によって河床状態がどう変化するかを観察する
サクラマスが産卵期に入っているため、定期的に踏査を行って産卵床を観察する予定である

以上の発表に対し、他分野の教授や院生の方から頂いた質問・指摘・批評が次のようなものです。

サクラマスが対象なのにも関わらず、ほとんど発表に出てこない。砂礫ばかり。今後の調査に期待。
生態学:N夫先生)
→産卵床調査の結果を待っていてください

陸封型であるヤマメと産卵床の粒度との関係はどうなっているのか?
(水理:K谷さん)
→ヤマメは雄が主でサクラマスの産卵に混じって放精を行う…のですが、ヤマメ単体での産卵については把握できていません

砂防ダム流域と自然河床との環境比較は行わないのか?
(院生:Aさん)
→厳密に「ダムの有無」のみで同じ条件を揃えている環境は存在しないので、行わないというよりもできないです

「今後の予定」のところ全部やるの? 残り時間と相談して継続調査を頑張ってください
(農地:I川先生)

(出水前後の比較をした)8月のデータは意味のあるものなのか? 僕にはその意味が感じられない。河川はもっと長期的に安定するもので、出水した前後1,2ヶ月で変化があったか否かというデータに意味のあるものだとは思えない。川を見ている人間ならそんなことは言わない。そんな基礎的研究とかで卒論とするのは、僕の研究室の学生なら認めないな。
(水文学:K原先生)

サクラマスの産卵場所についての今後の現場データに期待するが、研究目的が少々広いと感じる。砂防ダムの影響を調べるのであれば、他に対照河川のデータが必要かもしれない。残り時間を考えれば、空間的特長に絞って解析を進めたほうがまとまりやすいと思われる。
また、データを集めるのはいいけれど、「卒業論文」としての形をつくるためのことも考えるように。
(水文学:K原先生)

など、厳しいご意見も寄せられました。僕も感情的に受け答えしてしまった点もありましたが、なんにせよ非常に参考になったと思います。



自分たちの研究室の発表を聞き、他の研究室の発表を聞き、そして教授からの意見を聞き。感じたことは様々ですが、今後に繋げる上で非常に重要だと感じたことがあるので、少し書いておきます。

僕たちの研究では、「仮説検証」を行う場合と「事実検証」を行う場合があります。前者はある疑問に対して自分で何らかの仮説を立て、それを立証する形で研究を進めていくもの、後者はある疑問に対し、その周辺の調査を行ったり考察を加えていくかたちで研究を進めていくもの。仮説検証は仮説が立証できればOKですが、成り立たない場合もあるために仮説の立て方がとても重要なファクターとなります。逆に事実検証はとにかく調べて分かったことをまとめるという作業が主になるため、知りたい事実がデータから読み取れないということもあります。
僕がやろうとしているのは事実検証で、そのためにはまずデータを集めないことには話が進みません。とはいえ集めればいいというものではなく、「何が知りたいか」そして「何のために知りたいか」ということを明確にした上で様々なデータを収集する必要があります。
そういうことがひとつ。


そして(これは僕が教育実習をしたときにも感じたことなのですが)、「自分の考えていることを他人に伝えるとき、『何を伝えたいか』『どうして伝えたいか』ということを明確にする」ことが不可欠であるという事実です。
例えば自分の研究において前提として進めていた事柄があったとします。僕はそれを周知の事実として捉えるのではなく、自分の研究を知らないひとにも一から分かるように説明をする義務があるということです。それが卒論発表という場ならなおさら。

具体的には、研究を行うスケール・スパンの話です。僕がやろうとしている河川というフィールドは、非常に長いスパンで安定性を保っています。長い目で見たときに出水や渇水は平均値の中に組み込まれます。しかし、僕が研究対象として見ようとしたのは、今回の河川の大規模出水による攪乱によって影響を受けた生物の生態そしてその環境なので、河川を対象とする研究としては非常に短い時間スケール(月単位)で話を進めている訳です。今回そのスケールの説明が足りなかったため、伝わりにくい発表になってしまったと感じています。



ともかく、発表は終わりました。たくさんの得たものを糧に、僕はこれから2月の卒論発表会に向け、調査を続けます。残り4ヶ月。大学生活はあとそれだけしか残されていません。

*1:農学部にある3つの学科のうちひとつである環境学科と称されているうちの半分、地域環境を指す。